イラストレーター井筒啓之のいろいろ
by izutsujimusyo
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井筒啓之プロフィール
1955年生まれ
1984年 
日本イラストレーション展入選
1986年 
長沢節に師事
1998年 
講談社出版文化賞さし絵賞受賞

東京イラストレーターズ・ソサエティ会員

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葦舟、飛んだ77「まいごの、まいごの」
c0075725_13515346.jpg

毎日新聞連載小説
津島佑子 作
井筒啓之 画
2009年7月3日

「ずいぶん、変わってしまった。でも、なにも変わらない。
狭い歩道も、たわんだ何本もの電線も、むかしのまま。
道路の反対側をよく見れば、ビルとビルのあいだに狭い
空き地ができていて、そこから斜めの強い光が道路に
差しこんでいる。空き地の裏には、二階建ての家しか見えない。
角の酒屋も、和菓子屋も、昭子の記憶の風景とちがわない。
酒屋の前で、ススをつけたガラスを持ち、
みんなで日食を見たことがあった。」

津島さんが描く街がどの辺りだろうと思いながら
本郷の北あたりまで行ってみて写真を撮ったりした。
国道17号の風景写真を見ながら描いた絵です。
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by izutsujimusyo | 2011-09-22 13:58 | 葦舟、飛んだ
葦舟、飛んだ76「まいごの、まいごの」
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毎日新聞連載小説
津島佑子 作
井筒啓之 画
2009年7月2日

「葉っぱをすべて失い、枝も切られ、乾いた木肌を寒そうに
さらけ出しているイチョウが、車道の両側につづく。
どう見ても、昭子が子どもだったころと同じ木だとは思えない。
もしそうなら、六十年以上の時間が経っているはずなのだから。」

「雪彦から送られた「報告」を、昭子はプリントアウトして、
哲に手渡した。メールで哲のパソコンに送ってやってもよ
かったのだけれど、それでは読み捨てられてしまう気がした。
哲にぜひ読ませたいと思った。息子ではあっても、
名前も知らない行きがかりのひとのように正体不明の、
この三十五歳の青年がどんな感想を持つのか知りたくなった。」

この小説の特徴的な表現方法は「メールでの報告」という
スタイルではなかろうか。
団塊の世代の仲間たちが小学生だった55年ほど前のことを調べ
報告しあう形をとっている。
今はインターネットで専門的なことでもかなり詳しく
知ることが出来る時代だ。そういう「今」をさり気なく
文学にしてしまった小説だと思います。
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by izutsujimusyo | 2011-09-17 16:00 | 葦舟、飛んだ
葦舟、飛んだ75「まいごの、まいごの」
c0075725_13493632.jpg

毎日新聞連載小説
津島佑子 作
井筒啓之 画
2009年7月1日

「裏にまわると、昔ながらの広い墓地を持つ
お寺が姿をあらわす。
たぶん、本郷の北にひろがるこの辺りは、
むかしから死者のための場所だったのだろう。
昭子が育った家も墓地の向かい側だった。
複雑に入り組んだ狭い路地を歩いていると、
いつの間にか墓地に出てしまう、そんな一帯。」

本郷の北ってどの辺りなんだろうと、描く前に
地図で調べた記憶があるな〜。
その辺りの風景写真は前に別の仕事で撮った
ものがあるので、それを使って描きました。
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by izutsujimusyo | 2011-09-15 13:57 | 葦舟、飛んだ
葦舟、飛んだ74「まいごの、まいごの」
c0075725_1254588.jpg

毎日新聞連載小説
津島佑子 作
井筒啓之 画
2009年6月30日

「五月にドイツが降伏したことも、当時の新聞に
案外大きく報じられていました。
日本人はそのことを知っていた。だったら、
この時点で日本も降伏すればよかったのに、
そうすれば少なくとも二つの原爆が落とされずに済み、
満州もソ連軍の侵攻を受けず、シベリアへ多くの
兵隊たちが送りこまれずに済んだだろうに、
と溜息が出てきました。
戦争とはそれほど簡単に、合理的に幕引きできるものではないようです。」

日本に原爆を落としたアメリカや戦後に侵略してきたソ連に
今改めて抗議をしてもいいんじゃないかと思っています。
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by izutsujimusyo | 2011-09-14 13:07 | 装画&表紙
葦舟、飛んだ73「まいごの、まいごの」
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毎日新聞連載小説
津島佑子 作
井筒啓之 画
2009年6月29日

「ぼくたちはこの大混乱の時期からたった数年後に
入学しているのに、平和そのもので過ごしていた。
それが不思議です。戦争なんて大昔の出来事だと
思っていた。
二十二年の十月になってようやく、都内の各学校に
窓ガラスが支給された、などという新聞の記事もあり、
それにも仰天させられました。
だったら、それまではガラスのない窓で、吹きさらしの
教室だったのか、と。」

僕もふと自分の生まれた年(昭和30年)を考えると
たった10年前まで戦争をしていたのかと不思議な気持ちになる。
10年なんてあっという間なのに。
この小説の作者、津島さんは確か僕より8才年上で、
ちょっと前まで戦争の混乱が続いていたという驚きは
強いのだろうと思う。
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by izutsujimusyo | 2011-09-12 15:32 | 葦舟、飛んだ
葦舟、飛んだ72「まいごの、まいごの」
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毎日新聞連載小説
津島佑子 作
井筒啓之 画
2009年6月27日

「戦争中、溜まりに溜まっていた人びとの怒りが、
戦後の共産主義解禁に結びついたのか、
それとも戦争中の隠匿物資が見つかったり、
いわゆる「東京裁判」が始まったりした背景もあってなのか、
突然、組合活動が盛んになり、食糧メイデーをはじめとして、
学校でも学生たちが軍国主義の教師を追い出す
ストライキを始めたり、教師は教師で待遇改善要求の
デモをするし、労働争議もあちこちで起き、
引き揚げ者たちも、もっと国は自分たちの面倒を見ろ、
というデモを起こす、そんな世相でもあった。」

東京裁判の映像はだれでも物心ついた時から見てるし、
日本中の人が共有している情報でしょうね。
ところで今年の「震災」で「戦後」が本当に終わったのではないか
という記事をどこかで目にした。
被災地の映像が敗戦時の日本と似ているというのは
よく言われているが、体制と反原発・急進的脱原発派の
構図が戦後の共産主義運動の盛り上がりや
安保闘争など、政府との対立が似ているのではないかと思っている。
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by izutsujimusyo | 2011-09-09 16:31 | 葦舟、飛んだ
葦舟、飛んだ71「まいごの、まいごの」
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毎日新聞連載小説
津島佑子 作
井筒啓之 画
2009年6月26日

「新しい義務教育は、GHQの命令で、無理矢理、
実行された制度だったので、それまでの国民学校と
内実はそんなに変わらない小学校の方は、
まだしも混乱が少なかったが、小学校を卒業した男女の
生徒を全員、入学させなければならない新制中学校を
当時の日本で突然発足させるのは、
いくら民主教育の実現とはいえ、所詮、無理があった。
 旧制では、国民学校初等科を卒業して上級学校に進む
生徒は、全体の十二パーセントしかいなかったという。
しかも高等科、中学校、実業学校、そして女子は女学校など、
それぞれに別れて進学していた。それを新制中学校に一本化し、
しかもそこへの進学を義務化したのだから、
生徒の人数だけでもびっくりするような数になった。」

上のような文章なのでともかく子供たちを沢山描こう、という
絵なのでありました。
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by izutsujimusyo | 2011-09-06 14:48 | 葦舟、飛んだ
葦舟、飛んだ70「まいごの、まいごの」
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毎日新聞連載小説
津島佑子 作
井筒啓之 画
2009年6月25日

「都はアメリカ進駐軍と必死に交渉し、衛生上の、
そして治安の問題もあるという理由で、校舎の
一部分を都の管理下に置くことにしてもらい、
そこに居着いた人たちを少しずつ整理し始めた。
せっかくの貴重な建物を、警察署とか消防署、
あるいは病院など、有効に利用したい思惑が、
都にはあったのかもしれない。」

戦後の復興と、よく言われるが、こういう文章を
読むと並大抵のことではない事がわかる。
アメリカ軍は要するに使えそうな建物以外は
全て破壊したということなのだろう。
それでもマッカーサーと進駐軍を受け入れた
日本人はある意味したたかであったのだ。
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by izutsujimusyo | 2011-09-02 16:15 | 葦舟、飛んだ